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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
かれらは、訓えられることに素直であった。なんら、懐疑する知性に煩わされないからである。
「――竹の孔からながれ出て天界へのぼってゆく尺八の音に乗せて、自分のたましいをも縹渺と宇宙に遊ばせるつもりで聴いていればよい」
そう訓えられたことにも、その通りにしようと努めて、眼をふさぎ合っているらしく思われる。
かれらが、どう聴いているか。
それは、吹いている介三郎にもよくわかるのであった。
従って、妙音の出るも出ないも実は吹き人になくて、聴き手にあるともいえる。
吹くもの、聴くもの、いつのまにか一つになる。そのとき一管の竹は、いったい誰に吹かれているかをつきつめると、これは神でしかないことになる。
入神の技の持主とは、そういう一瞬を地上に呼び降ろすひとのことをいう。けれどどんな名人を坐らせても、一方的にそれ独りでは天界の悦楽を地上に降ろすことはできない。ただ尺八のことだけとは限るまい。名僧が法を説くにも、剣が心剣の妙を顕わすのも、政治をするものが民にのぞむにも。
――さて、それは措いて、曲が終ると、職人たちは、天上の高士から、もとの蛙に返ったような顔して、