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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

「ああ、よかった」

わけは分らずに礼讃した。といってそれはお世辞ではない。やはり満足感であった。

にわかに彼らは立ち始めた。あとはめいめいの農家の宿所に帰って、寝ることしか考えていなかった。

「勘太、おまえは、何を泣いていた。尺八をきくと、泣く癖でもあるのか」

帰りかけるかれをつかまえて、介三郎がいったのである。どうやらそれは本当らしい。勘太はあわてて顔をそむけた。

「嘘ですよ、旦那。泣いてなんぞいやしません。……そんな変な癖なんか」

草履が見つからずに、皆よりひと足おくれて出て行った。

雨が久しく降らないので、土が乾きぬいていた。勘太は、この春塚の上から移植したばかりの梅と松が、その帰りがけにも気にかかったとみえて、庫裡から水桶をさげて来て、その根に一杯ずつの水を与え、これで寝られるというふうに独りであとから山門を出た。

部落のほうへ向って、低い石段がある。そこをかれが降りかけたときだった。蝙蝠のような人影が、ひらっとかれの側へとびついたと思うと、何か針のような光ものが掠めた。

「あっ。畜生っ」

よろよろと下の段までよろけて行って、勘太は、べたりと、坐ってしまった。