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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

本来の兇猛性がついにかれの中で克ってしまったものとみえる。腰の道中差を抜いたかと思うと足もとを二振りほど撲った。そしてもう声なき朱まみれなものを、うるさそうに、片足から刎ね捨てると、柳の多い河ぎしの暗がりへ向って、脱兎のごとく駈け出していた。

自分を追うものの跫音が、すでに近く聞えていたからである。

――ひとごろし。

――辻ぎりか。追いはぎか。

――逃げたぞ。河岸ッぷちへ。

そんな声々に、逃げまどった勘太は、刃を鞘にもどすひまもなく神田川の堤から河の洲へととび降り石垣の陰へ、船虫のように貼りついていた。

「居た居た」

たちまち見つけた堤のうえの人影は、かれの左右にも跳び下り、また上からは、竿や棒をもって叩いたり、石を落して来たりして、勘太は身うごきもつかなくなった。

そのうちに、石の一箇が、勘太の額にぶつかった。血は片眼を塗りつぶした。勘太は近づくものを脇差で脅してみたが効がなかった。

二、三人を傷つけただけで、かれは、大勢に組みしかれていた。堤のうえに引きずり上げられたすがたは惨たるものに変っていた。

そのうえ、かれを捕えた町人たちは、かれの処分について、また喧嘩をしはじめた。