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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
と、なおさら眼をかけて、ときには師のごとく臨み、ときには骨肉のごとく語らい、ときには良友ともなってやるなど、かれを一個の家老とまで仕上げるには多年の愛と主たる心を労ったものであった。
が、その結果は。
老公の今日の気もちは。
それを思うと、介三郎も悦之進も、涙なきを得ないのである。
だから一たび、はなしが藤井紋太夫のことにおよぶと、思わず鬢髪はそそけだち、悲涙は滂沱として止まることを知らない。憤怒の底から、
(刺しちがえて!)
とは、老公をめぐる臣下の誰もがすぐに思うことだった。
それをばなお、どこまで家臣に寛大なのか、甘いのか、老公は、
(めったな血気に逸るものは、かならず勘当であるぞ)
と、かたく封じ、たとえば人見又四郎が出奔の後も、又四郎の名は、おくびにも口にしないほど、厳として家臣たちの勝手な行動をゆるさないのであった。
十一
ふたりは、人目を避けて、余りに旧情をあたため過ぎていたが、やがてお互に、そうしてはいられないいまの場合を想起して、
「ときに、今日これへ来たわけは?」
と、介三郎から質問した。悦之進は、それに答えて、
「この際、にわかに、老公には、江戸へご出府あると聞いて、愕然、近側の其許まで、自分の考えをお告げに来たのだが?」