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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
二
「ではさっそくお城下の葛屋から取りよせておかせましょう」
「いやいや、自身で求めに出向こう。ここ久しく、城下にも出ぬ。ほかに用事もあるし、そちたちも供するがよい」
老公はもう歩き出している。畑は西山荘の前なので、百歩にして、そこの門までもどれる。
門といってもかたちばかりのもので、住居の屋根は茅ぶき、柱の多くは皮つきの杉丸太、竹の縁、粗土の壁、庄屋の家ほどもなかった。
「これよ、誰ぞおらぬか」
土間へはいって、中櫺子の下の水瓶から水を汲み出し、手足の泥を洗いなどしながら、老公はふり向いていた。
西山荘の主といえば、いうまでもなく、水戸家のご隠居、さきの権中納言光圀とは、この人のはずである。
二
誰ぞおらぬか――と呼ぶ老公の声をきくと、うす暗い厨の土間の片すみから、むくと身をひるがえして、公のそばへ馳せて来たものがある。
「おまえではない。おまえではない」
公は、左右の手をさしのべて、二頭の鹿の頭をたたいた。
西山荘には、十頭たらずの鹿がいた。みなよく家人に馴れている。老公は鹿につきまとわれながら、御物置とよぶ小屋のなかに、鍬をしまい野良着をぬぎ外して、その隣りの三畳間にはいった。