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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

二十

大いに、彼の功を称し、また一転して、こういいたした。

「人生、四十五十の境ほど、過ち多いときはない。世の信望、地位の得意、みなこの頃にあるが、ひとたび辷ると、若い時代とちごうて、出直しの難しい山坂じゃ。――そちも大成を心がけてくれよ。光圀を世の笑い者としてくれるな。よいか……よいか、紋太夫」

二十

――わなないている。

紋太夫は、それをかくせない。

始めは、心のうちで、あらゆる弁抗を考え、また、

(なんの、世事、時務にくらい、この老人が)

と、生来の才智が、あくまで自己の非を蔽う理論を立てて、強いて、心のそこで嗤おうとしていたが、諄々、その硬直がくずされてしまった。

かならず、いまに老公の激烈な詰問があろう、叱責がいい出されるだろう。そう予期していたところが、それはちくと触れたのみで、あとは、数十年以来変らない温情にみちたことばのみである。

あまつさえ、この後とも、頼むぞと、すこしも主君顔をされない老公の真情にいたっては、さすがに狡智厚顔なかれも、

(ああ、罰が中ろう)

と思わず身がふるえて来たのである。どうしてこんなお方に叛いたろうかと、身のほどがそら怖ろしくなるのだった。