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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
その四十九
こういう関係のある牧が、今寄辺を失って、五百の前に首を屈し、渋江氏の世話を受けることになったのである。五百は怨に報ゆるに恩を以てして、牧の老を養うことを許した。
その四十九
安政三年になって、抽斎は再び藩の政事に喙を容れた。抽斎の議の大要はこうである。弘前藩は須く当主順承と要路の有力者数人とを江戸に留め、隠居信順以下の家族及家臣の大半を挙げて帰国せしむべしというのである。その理由の第一は、時勢既に変じて多人数の江戸詰はその必要を認めないからである。何故というに、原諸侯の参勤、及これに伴う家族の江戸における居住は、徳川家に人質を提供したものである。今将軍は外交の難局に当って、旧慣を棄て、冗費を節することを謀っている。諸侯に土木の手伝を命ずることを罷め、府内を行くに家に窓蓋を設ることを止めたのを見ても、その意向を窺うに足る。縦令諸侯が家族を引き上げたからといって、幕府は最早これを抑留することはなかろう。理由の第二は、今の多事の時に方って、二、三の有力者に託するに藩の大事を以てし、これに掣肘を加うることなく、当主を輔佐して臨機の処置に出でしむるを有利とするからである。