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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

その四十

あの四方に使して君命を辱めずということがございましたね。あれを一つお講じ下さいますまいか。」

「先ず何よりもおよろこびを言わんではなるまい。さて講釈の事だが、これはまた至極のお思附だ。委細承知しました」と抽斎は快く諾した。

その四十

抽斎は有合せの道春点の『論語』を取り出させて、巻七を開いた。そして「子貢問曰、何如斯可謂之土矣」という所から講じ始めた。固より朱註をば顧みない。都て古義に従って縦説横説した。抽斎は師迷庵の校刻した六朝本の如きは、何時でも毎葉毎行の文字の配置に至るまで、空に憑って思い浮べることが出来たのである。

貞固は謹んで聴いていた。そして抽斎が「子曰、噫斗之人、何足算也」に説き到ったとき、貞固の目はかがやいた。

講じ畢った後、貞固は暫く瞑目沈思していたが、徐に起って仏壇の前に往って、祖先の位牌の前にぬかずいた。そしてはっきりした声でいった。「わたくしは今日から一命を賭して職務のために尽します。」貞固の目には涙が湛えられていた。

抽斎はこの日に比良野の家から帰って、五百に「比良野は実に立派な侍だ」といったそうである。その声は震を帯びていたと、後に五百が話した。