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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

その九十七

相生町の家は此に至って始て借りられたのである。

その九十七

保は前年来本所相生町の家から師範学校に通っていたが、この年五月九日に学校長が生徒一同に寄宿を命じた。これは工事中であった寄宿舎が落成したためである。しかもこの命令には期限が附してあって、来六月六日に必ず舎内に徙れということであった。

然るに保は入舎を欲せないので、「母病気に付当分の内通学御許可相成度」云々という願書を呈して、旧に依って本所から通っていた。母の病気というのは虚言ではなかった。五百は当時眼病に罹って苦んでいた。しかし保は単に五百の目疾の故を以て入舎の期を延ばしたのではない。

保は師範学校の授くる所の学術が、自己の攻めんと欲する所のものと相反しているのを見て、窃に退学を企てていた。それゆえ舎外生から舎内生に転じて、学校と自己との関係の一段の緊密を加うることを嫌うのであった。

学校は米人スコットというものを雇い来って、小学の教授法を生徒に伝えさせた。主として練習させるのは子母韻の発声である。発声の正しいものは上席におらせる。訛っているものは下席におらせる。それゆえ東京人、中国人などは材能がなくても重んぜられ、九州人、東北人などは材能があっても軽んぜられる。