轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
その十八
わたくしはこう考えて家に還った。
その十八
わたくしは人に問うて、墓地を管轄するのが東京府庁で、墓所の移転を監視するのが警視庁だということを知った。そこで友人に託して、府庁では嶺松寺の廃絶に関してどれだけの事が知り得られるか、また警視庁は墓所の移転をどの位の程度に監視することになっているかということを問うてもらった。
府庁には明治十八年に作られた墓地の台帳ともいうべきものがある。しかし一応それを検した所では、嶺松寺という寺は載せてないらしかった。その廃絶に関しては、何事をも知ることが出来ぬのである。警視庁は廃寺等のために墓碣を搬出するときには警官を立ち会わせる。しかしそれは有縁のものに限るので、無縁のものはどこの共同墓地に改葬したということを届け出でさせるに止まるそうである。
そうして見れば、嶺松寺の廃せられた時、境内の無縁の墓が染井共同墓地に遷されたというのは、遷したという一紙の届書が官庁に呈せられたに過ぎぬかも知れない。所詮今になって戴曼公の表石や池田氏の墓碣の踪迹を発見することは出来ぬであろう。わたくしは念を捜索に絶つより外あるまい。
とかくするうちに、わたくしが池田京水の墓を捜し求めているということ、池田氏の墓のあった嶺松寺が廃絶したということなどが『東京朝日新聞』