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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
その百三
一月二日に保の友武田準平が刺客に殺された。準平の家には母と妻と女一人とがいた。女の壻秀三は東京帝国大学医科大学の別科生になっていて、家にいなかった。常は諸生がおり、僕がおったが、皆新年に暇を乞うて帰った。この日家人が寝に就いた後、浴室から火が起った。唯一人暇を取らずにいた女中が驚き醒めて、烟の厨を罩むるを見、引窓を開きつつ人を呼んだ。浴室は庖厨の外に接していたのである。準平は女中の声を聞いて、「なんだ、なんだ」といいつつ、手に行燈を提げて厨に出て来た。この時一人の引廻がっぱを被た男が暗中より起って、準平に近づいた。準平は行燈を措いて奥に入った。引廻の男は尾いて入った。準平は奥の廊下から、雨戸を蹴脱して庭に出た。引廻の男はまた尾いて出た。準平は身に十四カ所の創を負って、庭の檜の下に殪れた。檜は老木であったが、前年の暮、十二月二十八日の夜、風のないに折れた。準平はそれを見て、新年を過してから薪に挽かせようといっていたのである。家人は檜が讖をなしたなどといった。引廻の男は誰であったか、また何故に準平を殺したか、終に知ることが出来なかった。
保は報を得て、馳せて武田の家に往った。