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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

その六

その六

外崎さんの答は極めて明快であった。「抽斎というのは『経籍訪古志』を書いた渋江道純の号ですよ。」

わたくしは釈然とした。

抽斎渋江道純は経史子集や医籍を渉猟して考証の書を著したばかりでなく、「古武鑑」や古江戸図をも蒐集して、その考証の迹を手記して置いたのである。上野の図書館にある『江戸鑑図目録』は即ち「古武鑑」古江戸図の訪古志である。惟経史子集は世の重要視する所であるから、『経籍訪古志』は一の徐承祖を得て公刊せられ、「古武鑑」や古江戸図は、わたくしどもの如き微力な好事家が偶一顧するに過ぎないから、その目録は僅に存して人が識らずにいるのである。わたくしどもはそれが帝国図書館の保護を受けているのを、せめてもの僥倖としなくてはならない。

わたくしはまたこういう事を思った。抽斎は医者であった。そして官吏であった。そして経書や諸子のような哲学方面の書をも読み、歴史をも読み、詩文集のような文芸方面の書をも読んだ。その迹が頗るわたくしと相似ている。ただその相殊なる所は、古今時を異にして、生の相及ばざるのみである。いや。そうではない。今一つ大きい差別がある。