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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
その六十六
その六十六
邸内に棲わせてある長尾の一家にも、折々多少の風波が起る。そうすると必ず五百が調停に往かなくてはならなかった。その争は五百が商業を再興させようとして勧めるのに、安が躊躇して決せないために起るのである。宗右衛門の長女敬はもう二十一歳になっていて、生得やや勝気なので、母をして五百の言に従わしめようとする。母はこれを拒みはせぬが、さればとて実行の方へは、一歩も踏み出そうとはしない。ここに争は生ずるのであった。
さてこれが鎮撫に当るものが五百でなくてはならぬのは、長尾の家でまだ宗右衛門が生きていた時からの習慣である。五百の言には宗右衛門が服していたので、その妻や子もこれに抗することをば敢てせぬのである。
宗右衛門が妻の妹の五百を、啻抽斎の配偶として尊敬するのみでなく、かくまでに信任したには、別に来歴がある。それは或時宗右衛門が家庭のチランとして大いに安を虐待して、五百の厳い忠告を受け、涙を流して罪を謝したことがあって、それから後は五百の前に項を屈したのである。
宗右衛門は性質亮直に過ぐるともいうべき人であったが、癇癪持であった。今から十二年前の事である。