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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

その九十八

教師に遅れて教場に入る。数学を除く外、一切の科目を温習せずに、ただ英文のみを読んでいる。

入舎の命令をばこの状況の下に接受した。そして保はこう思った。もし入舎せずにいたら、必ず退学処分が降るだろう。そうなったら、再び頂天立地の自由の身となって、随意に英学を研究しよう。勿論折角贏ち得た官費は絶えてしまう。しかし書肆万巻楼の主人が相識で、翻訳書を出してくれようといっている。早速翻訳に着手しようというのである。万巻楼の主人は大伝馬町の袋屋亀次郎で、これより先保の初て訳したカッケンボスの『米国史』を引き受けて、前年これを発行したことがある。

保はこの計画を母に語って同意を得た。しかし矢島優と比良野貞固とが反対した。その主なる理由は、もし退学処分を受けて、氏名を文部省雑誌に載せられたら、拭うべからざる汚点を履歴の上に印するだろうというにあった。

十月十九日に保は隠忍して師範学校の寄宿舎に入った。

その九十八

矢島優はこの年八月二十七日に少属に陞ったが、次で十二月二十七日には同官等を以て工部省に転じ、鉱山に関する事務を取り扱うことになり、芝琴平町に来り住した。