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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

その五十七

さて抽斎の此の如き見解は、全く師市野迷庵の教に本づいている。

その五十七

迷庵の考証学が奈何なるものかということは、『読書指南』について見るべきである。しかしその要旨は自序一篇に尽されている。迷庵はこういった。「孔子は堯舜三代の道を述べて、其流義を立て給へり。堯舜より以下を取れるは、其事の明に伝はれる所なればなり。されども春秋の比にいたりて、世変り時遷りて、其道一向に用ゐられず。孔子も遣つては見給へども、遂に行かず。終に魯に還り、六経を修めて後世に伝へらる。これその堯舜三代の道を認めたまふゆゑなり。儒者は孔子をまもりて其経を修むるものなり。故に儒者の道を学ばむと思はゞ、先づ文字を精出して覚ゆるがよし。次に九経をよく読むべし。漢儒の注解はみな古より伝受あり。自分の臆説をまじへず。故に伝来を守るが儒者第一の仕事なり。(中略)宋の時程頤、朱熹等己が学を建てしより、近来伊藤源佐、荻生惣右衛門などと云ふやから、みな己の学を学とし、是非を争ひてやまず。世の儒者みな真闇になりてわからず。余も亦少かりしより此事を学びしが、迷ひてわからざりし。ふと解する所あり。学令の旨にしたがひて、それ/″\の古書をよむがよしと思へり」