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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

その三十五

未婚男女の交際とか自由結婚とかいう問題は、当時の人は夢にだに知らなかった。立派な教育のある二人が、男は四十歳、女は二十九歳で、多く年を閲した友人関係を棄てて、遽に夫婦関係に入ったのである。当時においては、醒覚せる二人の間に、此の如く婚約が整ったということは、絶てなくして僅にあるものといって好かろう。

わたくしは鰥夫になった抽斎の許へ、五百の訪い来た時の緊張したシチュアションを想像する。そして保さんの語った豊芥子の逸事を憶い起して可笑しく思う。五百の渋江へ嫁入する前であった。或日五百が来て抽斎と話をしていると、そこへ豊芥子が竹の皮包を持って来合せた。そして包を開いて抽斎に鮓を薦め、自分も食い、五百に是非食えといった。後に五百は、あの時ほど困ったことはないといったそうである。

その三十五

五百は抽斎に嫁するに当って、比良野文蔵の養女になった。文蔵の子で目附役になっていた貞固は文化九年生で、五百の兄栄次郎と同年であったから、五百はその妹になったのである。然るに貞固は姉威能の跡に直る五百だからというので、五百を姉と呼ぶことにした。貞固の通称は祖父と同じ助太郎である。