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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

その十

をも借りた。ここにわたくしの説く所は主として保さんから獲た材料に拠るのである。

その十

渋江氏の祖先は下野の大田原家の臣であった。抽斎六世の祖を小左衛門辰勝という。大田原政継、政増の二代に仕えて、正徳元年七月二日に歿した。辰勝の嫡子重光は家を継いで、大田原政増、清勝に仕え、二男勝重は去って肥前の大村家に仕え、三男辰盛は奥州の津軽家に仕え、四男勝郷は兵学者となった。大村には勝重の往く前に、源頼朝時代から続いている渋江公業の後裔がある。それと下野から往った渋江氏との関係の有無は、なお講窮すべきである。辰盛が抽斎五世の祖である。

渋江氏の仕えた大田原家というのは、恐らくは下野国那須郡大田原の城主たる宗家ではなく、その支封であろう。宗家は渋江辰勝の仕えたという頃、清信、扶清、友清などの世であったはずである。大田原家は素一万二千四百石であったのに、寛文五年に備前守政清が主膳高清に宗家を襲がせ、千石を割いて末家を立てた。渋江氏はこの支封の家に仕えたのであろう。今手許に末家の系譜がないから検することが出来ない。

辰盛は通称を他人といって、後小三郎と改め、また喜六と改めた。