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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
その九
それのみではない。終吉さんはその隙に全快したので、保さんを訪ねてくれた。抽斎の事をわたくしに語ってもらいたいと頼んだのである。叔父甥はここに十数年を隔てて相見たのだそうである。また外崎さんも一度わたくしに代って保さんをおとずれてくれたので、杏奴の病が癒えて、わたくしが船河原町へ往くに先だって、とうとう保さんが官衙に来てくれて、わたくしは抽斎の嗣子と相見ることを得た。
その九
気候は寒くても、まだ炉を焚く季節に入らぬので、火の気のない官衙の一室で、卓を隔てて保さんとわたくしとは対坐した。そして抽斎の事を語って倦むことを知らなかった。
今残っている勝久さんと保さんとの姉弟、それから終吉さんの父脩、この三人の子は一つ腹で、抽斎の四人目の妻、山内氏五百の生んだのである。勝久さんは名を陸という。抽斎が四十三、五百が三十二になった弘化四年に生れて、大正五年に七十歳になる。抽斎は嘉永四年に本所へ移ったのだから、勝久さんはまだ神田で生れたのである。
終吉さんの父脩は安改元年に本所で生れた。中三年置いて四年に、保さんは生れた。抽斎が五十三、五百が四十二の時の事で、勝久さんはもう十一、脩も四歳になっていたのである。