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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

その五十八

此二書をさへ能く守ればすむ事なり」というのである。

抽斎は百尺竿頭更に一歩を進めてこういっている。「但論語の内には取捨すべき所あり。王充書の問孔篇及迷庵師の論語数条を論じたる書あり。皆参考すべし」といっている。王充のいわゆる「夫聖賢下筆造文、用意詳審、尚未可謂尽得実、況倉卒吐言、安能皆是」という見識である。

抽斎が『老子』を以て『論語』と並称するのも、師迷庵の説に本づいている。「天は蒼々として上にあり。人は両間に生れて性皆相近し。習相遠きなり。世の始より性なきの人なし。習なきの俗なし。世界万国皆其国々の習ありて同じからず。其習は本性の如く人にしみ附きて離れず。老子は自然と説く。其れ是歟。孔子曰。述而不作。信而好古。窃比我於老彭。かく宣給ふときは、孔子の意も亦自然に相近し」といったのが即ちこれである。

その五十八

抽斎は『老子』を尊崇せんがために、先ずこれをヂスクレヂイに陥いれた仙術を、道教の畛域外に逐うことを謀った。これは早く清の方維甸が嘉慶板の『抱朴子』に序して弁じた所である。さてこの洗冤を行った後にこういっている。「老子の道は孔子と異なるに似たれども、その帰する所は一意なり。