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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
その二十
また放縦だとか廃嗣だとかいうことも、此の如くに書したのが、墓誌として体を得たものであろうか。わたくしは大いにこれを疑うのである。そして墓誌の全文を見ることを得ず、その撰者を審にすることを得ざるのを憾とする。
わたくしは独撰者不詳の京水墓誌を疑うのみではない。また二世瑞仙晋の撰んだ池田氏行状をも疑わざることを得ない。文は載せて『事実文編』四十五にある。
行状に拠るに、初代瑞仙独美は享保二十年乙卯五月二十二日に生れ、文化十三年丙子九月六日に歿した。然るに安永六年丁酉に四十、寛政四年壬子に五十五、同九年丁巳に六十四、歿年に八十三と書してある。これは生年から順算すれば、四十三、五十八、六十三、八十二でなくてはならない。齢を記するごとに、殆ど必ず差っているのは何故であろうか。因にいうが過去帖にもまた齢八十三としてある。そこでわたくしはこの八十三より逆算することにした。
その二十
晋の撰んだ池田氏行状には、初代瑞仙の庶子善直というものを挙げて、「多病不能継業」と書してある。その前に初代瑞仙が病中晋に告げた語を記して、八十四言の多きに及んである。瑞仙は痘を治することの難きを説いて、「数百之弟子、無能熟得之者」