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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

そしてその度ごとに一週間位は渋江の家に舎ることになっていた。枳園の形装は決してかつて夜逃をした土地へ、忍びやかに立ち入る人とは見えなかった。保さんの記憶している五百の話によるに、枳園はお召縮緬の衣を着て、海老鞘の脇指を差し、歩くに褄を取って、剥身絞の褌を見せていた。もし人がその七代目団十郎を贔屓にするのを知っていて、成田屋と声を掛けると、枳園は立ち止まって見えをしたそうである。そして当時の枳園はもう四十男であった。尤もお召縮緬を着たのは、強ち奢侈と見るべきではあるまい。一反二分一朱か二分二朱であったというから、着ようと思えば着られたのであろうと、保さんがいう。

枳園の来て舎る頃に、抽斎の許にろくという女中がいた。ろくは五百が藤堂家にいた時から使ったもので、抽斎に嫁するに及んで、それを連れて来たのである。枳園は来り舎るごとに、この女を追い廻していたが、とうとう或日逃げる女を捉えようとして大行燈を覆し、畳を油だらけにした。五百は戯に絶交の詩を作って枳園に贈った。当時ろくを揶揄うものは枳園のみでなく、豊芥子も訪ねて来るごとにこれに戯れた。しかしろくは間もなく渋江氏の世話で人に嫁した。