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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
多年古書を校勘して寝食を忘れていた抽斎も、ここに至って風潮の化誘する所となった。それには当時産蓐にいた女丈夫五百の啓沃も与って力があったであろう。抽斎は遂に進んで津軽士人のために画策するに至った。
津軽順承は一の進言に接した。これを上ったものは用人加藤清兵衛、側用人兼松伴大夫、目附兼松三郎である。幕府は甲冑を準備することを令した。然るに藩の士人の能くこれを遵行するものは少い。概ね皆衣食だに給せざるを以て、これに及ぶに遑あらざるのである。宜く現に甲冑を有せざるものには、金十八両を貸与してこれが貲に充てしめ、年賦に依って還納せしむべきである。かつ今より後毎年一度甲冑改を行い、手入を怠らしめざるようにせられたいというのである。順承はこれを可とした。
この進言が抽斎の意より出で、兼松三郎がこれを承けて案を具し、両用人の賛同を得て呈せられたということは、闔藩皆これを知っていた。三郎は石居と号した。その隆準なるを以ての故に、抽斎は天狗と呼んでいた。佐藤一斎、古賀庵の門人で、学殖儕輩を超え、かつて昌平黌の舎長となったこともある。当時弘前吏胥中の識者として聞えていた。