轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

或時優善は松川飛蝶と名告って、寄席に看板を懸けたことがある。良三は松川酔蝶と名告って、共に高座に登った。鳴物入で俳優の身振声色を使ったのである。しかも優善はいわゆる心打で、良三はその前席を勤めたそうである。また夏になると、二人は舟を藉りて墨田川を上下して、影芝居を興行した。一人は津軽家の医官矢島氏の当主、一人は宗家の医官塩田氏の若檀那である。中にも良三の父は神田松枝町に開業して、市人に頓才のある、見立の上手な医者と称せられ、その肥胖のために瞽者と看錯らるる面をば汎く識られて、家は富み栄えていた。それでいて二人共に、高座に顔をすことを憚らなかったのである。

二人は酒量なきにかかわらず、町々の料理屋に出入し、またしばしば吉原に遊んだ。そして借財が出来ると、親戚故旧をして償わしめ、度重って償う道が塞がると、跡を晦ましてしまう。抽斎が優善のために座敷牢を作らせたのは、そういう失踪の間の事で、その早晩還り来るを候ってこの中に投ぜようとしたのである。

十月二日は地震の日である。空は陰って雨が降ったり歇んだりしていた。抽斎はこの日観劇に往った。周茂叔連にも逐次に人の交迭があって、豊芥子や抽斎が今は最年長者として推されていたことであろう。