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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

幾もなくして節を折って書を読み、精力衆に踰え、識見人を驚かした。分家した初は本石町に住していたが、後に矢の倉に移った。侍医に任じ、法眼に叙せられ、次で法印に進んだ。秩禄は宗家と同じく二百俵三十人扶持である。

※(「くさかんむり/頤のへん」、第4水準2-86-13)庭は治を請うものがあるときは、貧家といえども必ず応じた。そして単に薬餌を給するのみでなく、夏は蚊を貽り、冬は布団を遣った。また三両から五両までの金を、貧窶の度に従って与えたこともある。

※(「くさかんむり/頤のへん」、第4水準2-86-13)庭は抽斎の最も親しい友の一人で、二家の往来は頻繁であった。しかし当時法印の位は太だ貴いもので、※(「くさかんむり/頤のへん」、第4水準2-86-13)庭が渋江の家に来ると、茶は台のあり蓋のある茶碗に注ぎ、菓子は高坏に盛って出した。この器は大名と多紀法印とに茶菓を呈する時に限って用いたそうである。※(「くさかんむり/頤のへん」、第4水準2-86-13)庭の後は安琢が嗣いだ。

暁湖、名は元※(「日+斤」、第3水準1-85-14)、字は兆寿、通称は安良であった。