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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

おやすさんは人と成って後田舎に嫁したが、今は麻布鳥居坂町の信平さんの許にいるそうである。

柴田常庵は幕府医官の一人であったそうである。しかしわたくしの蔵している「武鑑」には載せてない。万延元年の「武鑑」は、わたくしの蔵本に正月、三月、七月の三種がある。柏軒は正月のにはまだ奥詰の部に出ていて、三月以下のには奥医師の部に出ている。柴田は三書共にこれを載せない。維新後にこの人は狂言作者になって竹柴寿作と称し、五世坂東彦三郎と親しかったということである。なお尋ねて見たいものである。

陣幕久五郎の負は当時人の意料の外に出た出来事である。抽斎は角觝を好まなかった。然るに保さんは穉い時からこれを看ることを喜んで、この年の春場所をも、初日から五日目まで一日も闕かさずに見舞った。さてその六日目が伊沢の祝宴であった。子の刻を過ぎてから、保さんは母と姉とに連れられて伊沢の家を出て帰り掛かった。途中で若党清助が迎えて、保さんに「陣幕が負けました」と耳語した。

「虚言を衝け」と、保さんは叱した。取組は前から知っていて、小柳が陣幕の敵でないことを固く信じていたのである。

「いいえ、本当です」