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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
それゆえかつて一たび飯田寅之丞に嫁せんことを勧めたものもあったが、事が調わなかった。寅之丞は当時近習小姓であった。天保十三年壬寅に生れたからの名である。即ち今の飯田巽さんで、巽の字は明治二年己巳に二十八になったという意味で選んだのだそうである。陸との縁談は媒が先方に告げずに渋江氏に勧めたのではなかろうが、余り古い事なので巽さんは已に忘れているらしい。然るにこの度は陸が遂に文一郎の聘を却くることが出来なくなった。
文一郎は最初の妻柳が江戸を去ることを欲せぬので、一人の子を附けて里方へ還して置いて弘前へ立った。弘前に来た直後に、文一郎は二度目の妻を娶ったが、いまだ幾ならぬにこれを去った。この女は西村与三郎の女作であった。次で箱館から帰った頃からであろう、陸を娶ろうと思い立って、人を遣して請うこと数度に及んだ。しかし渋江氏では輒ち動かなかった。陸には旧に依って婚嫁を急ぐ念がない。五百は文一郎の好人物なることを熟知していたが、これを壻にすることをば望まなかった。こういう事情の下に、両家の間にはやや久しく緊張した関係が続いていた。
文一郎は壮年の時パッションの強い性質を有していた。