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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

しかし藩の必ずこれを阻格すべきことは、母子皆これを知っていた。約めて言えば、弘前を去る成善には母を質とするに似た恨があった。

藩が脱籍者の輩出せんことを恐るるに至ったのは、二、三の忌むべき実例があったからである。その首におるものは、彼の勘定奉行を罷めて米穀商となった平川半治である。当時此の如く財利のために士籍を遁れようとする気風があったことは、渋江氏もまた親しくこれを験することを得た。或人は五百に説いて、東京両国の中村楼を買わせようとした。今千両の金を投じて買って置いたなら、他日鉅万の富を致すことが出来ようといったのである。或人は東京神田須田町の某売薬株を買わせようとした。この株は今廉価を以て贖うことが出来て、即日から月収三百両乃至五百両の利があるといったのである。五百のこれに耳を仮さなかったことは固よりである。

当時藩職におって、津軽家をして士を失わざらしめんと欲し、極力脱籍を防いだのは、大参事西館孤清である。成善は西館を訪うて、東京に往くことを告げた。西館はおおよそこういった。東京に往くは好い。学業成就して弘前に帰るなら、我らはこれを任用することを吝まぬであろう。