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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
これと同時に抽斎は式日に登城することになり、次いで嘉永二年に将軍家慶に謁見して、いわゆる目見以上の身分になった。これは抽斎の四十五歳の時で、その才が伸びたということは、この時に至って始て言うことが出来たであろう。しかし貧窮は旧に依っていたらしい。幕府からは嘉永三年以後十五人扶持出ることになり、安政元年にまた職務俸の如き性質の五人扶持が給せられ、年末ごとに賞銀五両が渡されたが、新しい身分のために生ずる費用は、これを以て償うことは出来なかった。謁見の年には、当時の抽斎の妻山内氏五百が、衣類や装飾品を売って費用に充てたそうである。五百は徳が亡くなった後に抽斎の納れた四人目の妻である。
抽斎の述志の詩は、今わたくしが中村不折さんに書いてもらって、居間に懸けている。わたくしはこの頃抽斎を敬慕する余りに、この幅を作らせたのである。
抽斎は現に広く世間に知られている人物ではない。偶少数の人が知っているのは、それは『経籍訪古志』の著者の一人として知っているのである。多方面であった抽斎には、本業の医学に関するものを始として、哲学に関するもの、芸術に関するもの等、許多の著述がある。