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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

その四十四

二月十四日に五男専六が生れた。後に脩と名告った人である。三月十日に長子恒善が病んで歿した。抽斎は子婦糸の父田口儀三郎の窮を憫んで、百両余の金を餽り、糸をば有馬宗智というものに再嫁せしめた。十二月二十六日に、抽斎は躋寿館の講師たる故を以て、年に五人扶持を給せられることになった。今の勤務加俸の如きものである。二十九日に更に躋寿館医書彫刻手伝を仰附けられた。今度校刻すべき書は、円融天皇の天元五年に、丹波康頼が撰んだという『医心方』である。

保さんの所蔵の「抽斎手記」に、『医心方』の出現という語がある。昔から厳に秘せられていた書が、忽ち目前に出て来た状が、この語で好く表されている。「秘玉突然開出。瑩光明徹点瑕無。金龍山畔波濤起。龍口初探是此珠。」これは抽斎の亡妻の兄岡西玄亭が、当時喜を記した詩である。龍口といったのは、『医心方』が若年寄遠藤但馬守胤統の手から躋寿館に交付せられたからであろう。遠藤の上屋敷は辰口の北角であった。

その四十四

日本の古医書は『続群書類従』に収めてある和気広世の『薬経太素』、丹波康頼の『康頼本草』、釈蓮基の『長生療養方』、次に多紀家で校刻した深根輔仁の『本草和名』