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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

、丹波雅忠の『医略抄』、宝永中に印行せられた具平親王の『弘決外典抄』の数種を存するに過ぎない。具平親王の書は本字類に属して、此に算すべきではないが、医事に関する記載が多いから列記した。これに反して、彼の出雲広貞らの上った『大同類聚方』の如きは、散佚して世に伝わらない。

それゆえ天元五年に成って、永観二年に上られた『医心方』が、殆ど九百年の後の世に出でたのを見て、学者が血を涌き立たせたのも怪むに足らない。

『医心方』は禁闕の秘本であった。それを正親町天皇が出して典薬頭半井通仙院瑞策に賜わった。それからは世半井氏が護持していた。徳川幕府では、寛政の初に、仁和寺文庫本を謄写せしめて、これを躋寿館に蔵せしめたが、この本は脱簡が極て多かった。そこで半井氏の本を獲ようとしてしばしば命を伝えたらしい。然るに当時半井大和守成美は献ずることを肯ぜず、その子修理大夫清雅もまた献ぜず、遂に清雅の子出雲守広明に至った。

半井氏が初め何の辞を以て命を拒んだかは、これを詳にすることが出来ない。しかし後には天明八年の火事に、京都において焼失したといった。天明八年の火事とは、正月晦に洛東団栗辻から起って、全都を灰燼に化せしめたものをいうのである。