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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
その四十七
わたくしはこの年の地震の事を語るに先って、台所町の渋江の家に座敷牢があったということに説き及ぼすのを悲む。これは二階の一室を繞すに四目格子を以てしたもので、地震の日には工事既に竣って、その中はなお空虚であった。もし人がその中にいたならば、渋江の家は死者を出さざることを得なかったであろう。
座敷牢は抽斎が忍びがたきを忍んで、次男優善がために設けたものであった。
その四十七
抽斎が岡西氏徳に生せた三人の子の中、ただ一人生き残った次男優善は、少時放恣佚楽のために、頗る渋江一家を困めたものである。優善には塩田良三という遊蕩夥伴があった。良三はかの蘭軒門下で、指の腹に杖を立てて歩いたという楊庵が、家附の女に生せた嫡子である。
わたくしは前に優善が父兄と嗜を異にして、煙草を喫んだということを言った。しかし酒はこの人の好む所でなかった。優善も良三も、共に涓滴の量なくして、あらゆる遊戯に耽ったのである。
抽斎が座敷牢を造った時、天保六年生の優善は二十一歳になっていた。そしてその密友たる良三は天保八年生で、十八歳になっていた。二人は影の形に従う如く、須臾も相離るることがなかった。