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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

八月晦に、馬場氏に嫁していた純が二十歳で歿した。この年抽斎は四十六歳になった。

五百の仮親比良野文蔵の歿したのも、同じ年の四月二十四日である。次いで嗣子貞固が目附から留守居に進んだ。津軽家の当時の職制より見れば、いわゆる独礼の班に加わったのである。独礼とは式日に藩主に謁するに当って、単独に進むものをいう。これより下は二人立、三人立等となり、遂に馬廻以下の一統礼に至るのである。

当時江戸に集っていた列藩の留守居は、宛然たるコオル・ヂプロマチックを形っていて、その生活は頗る特色のあるものであった。そして貞固の如きは、その光明面を体現していた人物といっても好かろう。

衣類を黒紋附に限っていた糸鬢奴の貞固は、素より読書の人ではなかった。しかし書巻を尊崇して、提挈をその中に求めていたことを思えば、留守居中稀有の人物であったのを知ることが出来る。貞固は留守居に任ぜられた日に、家に帰るとすぐに、折簡して抽斎を請じた。そして容を改めていった。

「わたくしは今日父の跡を襲いで、留守居役を仰付けられました。今までとは違った心掛がなくてはならぬ役目と存ぜられます。実はそれに用立つお講釈が承わりたさに、御足労を願いました。