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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
留守居になってからの貞固は、毎朝日の出ると共に起きた。そして先ず厩を見廻った。そこには愛馬浜風が繋いであった。友達がなぜそんなに馬を気に掛けるかというと、馬は生死を共にするものだからと、貞固は答えた。厩から帰ると、盥嗽して仏壇の前に坐した。そして木魚を敲いて誦経した。この間は家人を戒めて何の用事をも取り次がしめなかった。来客もそのまま待たせられることになっていた。誦経が畢って、髪を結わせた。それから朝餉の饌に向った。饌には必ず酒を設けさせた。朝といえども省かない。には選嫌をしなかったが、のだ平の蒲鉾を嗜んで、闕かさずに出させた。これは贅沢品で、鰻の丼が二百文、天麩羅蕎麦が三十二文、盛掛が十六文するとき、一板二分二朱であった。
朝餉の畢る比には、藩邸で巳の刻の大鼓が鳴る。名高い津軽屋敷の櫓大鼓である。かつて江戸町奉行がこれを撃つことを禁ぜようとしたが、津軽家が聴ずに、とうとう上屋敷を隅田川の東に徙されたのだと、巷説に言い伝えられている。津軽家の上屋敷が神田小川町から本所に徙されたのは、元禄元年で、信政の時代である。貞固は巳の刻の大鼓を聞くと、津軽家の留守居役所に出勤して事務を処理する。