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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

幕府はこの答に満足せずに、似寄の品でも好いから出せと誅求した。恐くは情を知って強要したのであろう。

半井広明はやむことをえず、こういう口上を以て『医心方』を出した。外題は同じであるが、筆者区々になっていて、誤脱多く、甚だ疑わしき巻である。とても御用には立つまいが、所望に任せて内覧に供するというのである。書籍は広明の手から六郷筑前守政殷の手にわたって、政殷はこれを老中阿部伊勢守正弘の役宅に持って往った。正弘は公用人渡辺三太平を以てこれを幕府に呈した。十月十三日の事である。

越えて十月十五日に、『医心方』は若年寄遠藤但馬守胤統を以て躋寿館に交付せられた。この書が御用に立つものならば、書写彫刻を命ぜられるであろう。もし彫刻を命ぜられることになったら、費用は金蔵から渡されるであろう。書籍は篤と取調べ、かつ刻本売下代金を以て費用を返納すべき積年賦をも取調べるようにということであった。

半井広明の呈した本は三十巻三十一冊で、巻二十五に上下がある。細に検するに期待に負かぬ善本であった。素『医心方』は巣元方の『病源候論』を経とし、隋唐の方書百余家を緯として作ったもので、その引用する所にして、支那において佚亡したものが少くない。