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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

手跡はまだ少い人らしい。

わたくしは曠しく終吉さんの病の癒えるのを待たなくてはならぬことになった。探索はここに一頓挫を来さなくてはならない。わたくしはそれを遺憾に思って、この隙に弘前から、歴史家として道純の事を知っていそうだと知らせて来た外崎覚という人を訪ねることにした。

外崎さんは官吏で、籍が諸陵寮にある。わたくしは宮内省へ往った。そして諸陵寮が宮城を離れた霞が関の三年坂上にあることを教えられた。常に宮内省には往来しても、諸陵寮がどこにあるということは知らなかったのである。

諸陵寮の小さい応接所で、わたくしは初めて外崎さんに会った。飯田さんの先輩であったとは違って、この人はわたくしと齢も相若くという位で、しかも史学を以て仕えている人である。わたくしは傾蓋故きが如き念をした。

初対面の挨拶が済んで、わたくしは来意を陳べた。「武鑑」を蒐集している事、「古武鑑」に精通していた無名の人の著述が写本で伝わっている事、その無名の人は自ら抽斎と称している事、その写本に弘前の渋江という人の印がある事、抽斎と渋江とがもしや同人ではあるまいかと思っている事、これだけの事をわたくしは簡単に話して、外崎さんに解決を求めた。