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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
小桶からは湯気が立ち升っている。縁側を戸口まで忍び寄って障子を開く時、持って来た小桶を下に置いたのであろう。
五百は小桶を持ったまま、つと一間に進み入って、夫を背にして立った。そして沸き返るあがり湯を盛った小桶を、右左の二人の客に投げ附け、銜えていた懐剣を把って鞘を払った。そして床の間を背にして立った一人の客を睨んで、「どろぼう」と一声叫んだ。
熱湯を浴びた二人が先に、に手を掛けた刀をも抜かずに、座敷から縁側へ、縁側から庭へ逃げた。跡の一人も続いて逃げた。
五百は仲間や諸生の名を呼んで、「どろぼう/\」という声をその間に挟んだ。しかし家に居合せた男らの馳せ集るまでには、三人の客は皆逃げてしまった。この時の事は後々まで渋江の家の一つ話になっていたが、五百は人のその功を称するごとに、慙じて席を遁れたそうである。五百は幼くて武家奉公をしはじめた時から、匕首一口だけは身を放さずに持っていたので、湯殿に脱ぎ棄てた衣類の傍から、それを取り上げることは出来たが、衣類を身に纏う遑はなかったのである。
翌朝五百は金を貴人の許に持って往った。手島の言によれば、これは献金としては受けられぬ、唯借上になるのであるから、十カ年賦で返済するということであった。