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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
安政中江戸に行われて、寄場はこれがために雑沓した。照葉とは天爾波俄の訛略だというのである。
伊原さんはこの照葉の語原は覚束ないといっているが、いかにも輒ち信じがたいようである。
能楽は抽斎の楽み看る所で、少い頃謡曲を学んだこともある。偶弘前の人村井宗興と相逢うことがあると、抽斎は共に一曲を温習した。技の妙が人の意表に出たそうである。
俗曲は少しく長唄を学んでいたが、これは謡曲の妙に及ばざること遠かった。
抽斎は鑑賞家として古画を翫んだが、多く買い集むることをばしなかった。谷文晁の教を受けて、実用の図を作る外に、往々自ら人物山水をも画いた。
「古武鑑」、古江戸図、古銭は抽斎の聚珍家として蒐集した所である。わたくしが初め「古武鑑」に媒介せられて抽斎を識ったことは、前にいったとおりである。
抽斎は碁を善くした。しかし局に対することが少であった。これは自らめて耽らざらんことを欲したのである。
抽斎は大名の行列を観ることを喜んだ。そして家々の鹵簿を記憶して忘れなかった。「新武鑑」を買って、その図に着色して自ら娯んだのも、これがためである。この嗜好は喜多静廬の祭礼を看ることを喜んだのと頗る相類している。