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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
五百と成善とは、優善が雪中に行き悩みはせぬか、病み臥しはせぬかと気遣って、再び人を傭って捜索させた。成善は自ら雪を冒して、石川、大鰐、倉立、碇関等を隈なく尋ねた。しかし蹤跡は絶て知れなかった。
優善は東京をさして石川駅を発し、この年一月二十一日に吉原の引手茶屋湊屋に著いた。湊屋の上さんは大分年を取った女で、常に優善を「蝶さん」と呼んで親んでいた。優善はこの女をたよって往ったのである。
湊屋に皆という娘がいた。このみいちゃんは美しいので、茶屋の呼物になっていた。みいちゃんは津藤に縁故があるとかいう河野某を檀那に取っていたが、河野は遂にみいちゃんを娶って、優善が東京に著いた時には、今戸橋の畔に芸者屋を出していた。屋号は同じ湊屋である。
優善は吉原の湊屋の世話で、山谷堀の箱屋になり、主に今戸橋の湊屋で抱えている芸者らの供をした。
四カ月半ばかりの後、或人の世話で、優善は本所緑町の安田という骨董店に入贅した。安田の家では主人礼助が死んで、未亡人政が寡居していたのである。しかし優善の骨董商時代は箱屋時代より短かった。それは政が優善の妻になって間もなくみまかったからである。