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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

八月二十八日に弘前県の幹督が成善に命ずるに神社調掛を以てし、金三両二分二朱と二匁二分五厘の手当を給した。この命は成善が共立学舎に入ることを届けて置いたので、同時に「欠席聞届の委頼」という形式を以て学舎に伝えられた。これより先七月十四日の詔を以て廃藩置県の制が布かれたので、弘前県が成立していたのである。

矢島優善は浦和県の典獄になっていて、この年一月七日に唐津藩士大沢正の女蝶を娶った。嘉永二年生で二十三歳である。これより先前妻鉄は幾多の葛藤を経た後に離別せられていた。

優善は七月十七日に庶務局詰に転じ十月十七日に判任史生にせられた。次で十一月十三日に浦和県が廃せられて、その事務は埼玉県に移管せられたので、優善は十二月四日を以て更に埼玉県十四等出仕を命ぜられた。

成善と倶に東京に来た松本甲子蔵は、優善に薦められて、同時に十五等出仕を命ぜられたが、後兵事課長に進み、明治三十二年三月二十八日に歿した。弘化二年生であるから、五十五歳になったのである。

当時県吏の権勢は盛なものであった。成善が東京に入った直後に、まだ浦和県出仕の典獄であった優善を訪うと、優善は等外一等出仕宮本半蔵に駕籠一挺を宰領させて成善を県の界に迎えた。