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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

成善がその駕籠に乗って、戸田の渡しに掛かると、渡船場の役人が土下座をした。

優善が庶務局詰になった頃の事である。或日優善は宴会を催して、前年に自分が供をした今戸橋の湊屋の抱芸者を始とし、山谷堀で顔を識った芸者を漏なく招いた。そして酒闌なる時「己はお前方の供をして、大ぶ世話になったことがあるが、今日は己もお客だぞ」といった。大丈夫志を得たという概があったそうである。

県吏の間には当時飲宴がしばしば行われた。浦和県知事間島冬道の催した懇親会では、塩田良三が野呂松狂言を演じ、優善が莫大小の襦袢袴下を著て夜這の真似をしたことがある。間島は通称万次郎、尾張の藩士である。明治二年四月九日に刑法官判事から大宮県知事に転じた。大宮県が浦和県と改称せられたのは、その年九月二十九日の事である。

この年の暮、優善が埼玉県出仕になってからの事である。某村の戸長は野菜一車を優善に献じたいといって持って来た。優善は「己は賄賂は取らぬぞ」といって却けた。

戸長は当惑顔をしていった。「どうもこの野菜をこのまま持って帰っては、村の人民どもに対して、わたくしの面目が立ちませぬ。」

「そんなら買って遣ろう」