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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页

青空文庫

保さんの精力は徒費せられたといわざることを得ない。そして保さんは自らこれを知っている。畢竟文士と書估との関係はミュチュアリスムであるべきのに、実はパラジチスムになっている。保さんは生物学上の亭主役をしたのである。

保さんの作らんと欲する書は、今なお計画として保さんの意中にある。曰く本私刑史、曰く支那刑法史、曰く経子一家言、曰く周易一家言、曰く読書五十年、この五部の書が即ちこれである。就中読書五十年の如きは、啻に計画として存在するのみではない、その藁本が既に堆を成している。これは一種のビブリオグラフィイで、保さんの博渉の一面を窺うに足るものである。著者の志す所は厳君の『経籍訪古志』を廓大して、古より今に及ぼし、東より西に及ぼすにあるといっても、あるいは不可なることがなかろう。保さんは果して能くその志を成すであろうか。世間は果して能く保さんをしてその志を成さしむるであろうか。

保さんは今年大正五年に六十歳、妻佐野氏お松さんは四十八歳、女乙女さんは十七歳である。乙女さんは明治四十一年以降鏑木清方に就いて画を学び、また大正三年以還跡見女学校の生徒になっている。