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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
勝久が部屋へ下っていると、そこへ津軽侯が来て、「渋江の女の陸がいるということだから逢いに来たよ」といった。連の女らは皆驚いた。津軽承昭は主人慶順の弟であるから、その日の客になって、来ていたのであろう。
長唄が畢ってから、主客打交っての能があって、女芸人らは陪観を許された。津軽侯は「船弁慶」を舞った。勝久を細川家に介致した勝秀は、今は亡人である。
津軽家へは細川別邸で主公に謁見したのが縁となって、渋江陸としてしばしば召されることになった。いつも独往って弾きもし歌いもすることになっている。老女歌野、お部屋おたつの人々が馴染になって、陸を引き廻してくれるのである。
稲葉家へは師匠勝三郎が存命中に初て連れて往った。その邸は青山だというから、豊後国臼杵の稲葉家で、当時の主公久通に麻布土器町の下屋敷へ招かれたのであろう。連中は男女交りであった。立三味線は勝三郎、脇勝秀、立唄は坂田仙八、脇勝久で、皆稲葉家の名指であった。仙八は亡人で、今の勝五郎、前名勝四郎の父である。番組は「鶴亀」、「初時雨」、「喜撰」で、末に好として勝三郎と仙八とが「狸囃」を演じた。
演奏が畢ってから、勝三郎らは花園を観ることを許された。