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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
抽斎の※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎に師事したのは二十余歳の時だというから、恐らくは迷庵を喪って※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎に適いたのであろう。迷庵の六十二歳で亡くなった文政九年八月十四日は、抽斎が二十二歳、※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎が五十二歳になっていた年である。迷庵も※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎も古書を集めたが、※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎は古銭をも集めた。漢代の五物を蔵して六漢道人と号したので、人が一物足らぬではないかと詰った時、今一つは漢学だと答えたという話がある。抽斎も古書や「古武鑑」を蔵していたばかりでなく、やはり古銭癖があったそうである。
迷庵と※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎とは、年歯を以て論ずれば、彼が兄、此が弟であるが、考証学の学統から見ると、※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎が先で、迷庵が後である。そしてこの二人の通称がどちらも三右衛門であった。世にこれを文政の六右衛門と称する。抽斎は六右衛門のどちらにも師事したわけである。
六右衛門の称は頗る妙である。