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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
御用に立ちそうな人と思われるから、お召抱になるように申し立てようと思う。しかしその紋は当分御遠慮申すが好かろう。由緒のあることであろうから、追ってお許を願うことも出来ようといった。
五百は家に帰って、父に当分紋を隠して奉公することの可否を相談した。しかし父忠兵衛は即座に反対した。姓名だの紋章だのは、先祖から承けて子孫に伝える大切なものである。濫に匿したり更めたりすべきものではない。そんな事をしなくては出来ぬ奉公なら、せぬが好いといったのである。
五百が山内家をことわって、次に目見に往ったのが、向柳原の藤堂家の上屋敷であった。例の考試は首尾好く済んだ。別格を以て重く用いても好いといって、懇望せられたので、諸家を廻り草臥れた五百は、この家に仕えることに極めた。
五百はすぐに中臈にせられて、殿様附と定まり、同時に奥方祐筆を兼ねた。殿様は伊勢国安濃郡津の城主、三十二万三千九百五十石の藤堂和泉守高猷である。官位は従四位侍従になっていた。奥方は藤堂主殿頭高の女である。
この時五百はまだ十五歳であったから、尋常ならば女小姓に取らるべきであった。それが一躍して中臈を贏ち得たのは破格である。