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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1916(大正5)年1月13日~5月17日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 页
女小姓は茶、烟草、手水などの用を弁ずるもので、今いう小間使である。中臈は奥方附であると、奥方の身辺に奉仕して、種々の用事を弁ずるものである。幕府の慣例ではそれが転じて将軍附となると、妾になったと見ても好い。しかし大名の家では奥方に仕えずに殿様に仕えるというに過ぎない。祐筆は日記を附けたり、手紙を書いたりする役である。
五百は呼名は挿頭と附けられた。後に抽斎に嫁することに極まって、比良野氏の娘分にせられた時、翳の名を以て届けられたのは、これを襲用したのである。さて暫く勤めているうちに、武芸の嗜のあることを人に知られて、男之助という綽名が附いた。
藤堂家でも他家と同じように、中臈は三室位に分たれた部屋に住んで、女二人を使った。食事は自弁であった。それに他家では年給三十両内外であるのに、藤堂家では九両であった。当時の武家奉公をする女は、多く俸銭を得ようと思っていたのではない。今の女が女学校に往くように、修行をしに往くのである。風儀の好さそうな家を択んで仕えようとした五百なぞには、給料の多寡は初より問う所でなかった。
修行は金を使ってする業で、金を取る道は修行ではない。