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みやもとむさし
宮本武蔵(七)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(七) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 350,912 characters · 702 screens
草埃
一
そう問う者があれば、
(否――)
と兵庫は潔く顔を横にふることはできなかったに違いない。
さあれ兵庫の胸は、彼女の多幸を祈る気もちでいっぱいなのだ。武士にも未練はあり、また、愚痴がある。――だがそれは、武士道的に諦観しきってしまうまでのあいだの瞬間にすぎない。煩悩の境を、一歩転じれば身は春風に軽く、柳の緑は眸を醒まし、またべつな天地がある。――恋のみが青春を燃やすものかは! ――時代は今、偉きな潮の手を挙げて、世の若者輩を呼んでいるのだ。路傍の花に眼をくれるな! 日を惜しめ、そしてこの潮に乗りおくれるな! と。
草埃
一
お通が、柳生を去ってから、はや二十日の余も過ぎた。
去る者は、日々にうとく、萌える春は、日々に濃くなる。
「だいぶ、人出だな」
「されば、今日あたりは、奈良にも稀れな日和ですから」
「遊山半分か」
「ま。左様なもので」
柳生兵庫と、木村助九郎とであった。
兵庫は編笠をかぶり、助九郎は法師頭巾に似た物を顔に巻いている。元より微行である。
遊山半分か――といったのは、自分たちのことをさしたのか、道行く人々のことをいったのか、どっちにも聞えるが、二人の顔にはかるい苦笑がながれ去った。