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みやもとむさし
宮本武蔵(七)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(七) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 350,912 characters · 702 screens
八
その中で、心のみが、天地と共に澄みきろうとすることは、暴雨の中に、池の月影だけ揺れずにあろうとするよりも至難であった。
八
長い気もちのする――しかし事実はきわめて短い――寄せ返す波音の五たびか六たびも繰り返すあいだであったろうか。
やがて――という程の間もないうちにである。大きな肉声は、その一瞬を破った。
それは、巌流のほうから発したものだったが、殆ど、同音になって、武蔵の体からも声が出た。
巌を搏った怒濤のように、二つの息声が、精神の飛沫を揚げ合ったとたんに、中天の太陽をも斬って落すような高さから、長刀物干竿の切っ先は、細い虹をひいて、武蔵のまッ向へ跳んで来た。
武蔵の左の肩が――
その時、前下がりに躱った。腰から上の上半身も、平面から斜角に線を改めた時、彼の右足は、すこし後ろへ引かれていた。そして諸手の櫂の木剣が、風を起してうごいたのと、巌流の長剣が、切っ下がりに、彼の真眉間を割って来たのと、そこに差というほどの差は認められなかった。
「…………」
「…………」
ぱっと、もつれた一瞬の後は、ふたりの呼吸が磯の波よりは高かった。
武蔵は、波打際から、十歩ほど離れて、海を横にし、跳びのいた敵を、櫂の先に見ていた。