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みやもとむさし
宮本武蔵(七)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(七) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 350,912 characters · 702 screens
苧環
一
苧環
一
何者か?
そこに見えている二、三人の人影には、思い当りもなかったが、いつ何時でも、自分の生命に対する敵への心構えは、武蔵にあった。
武蔵ばかりでなく、およそ今の時勢に生きている人間には、すべてに、日常に、その要心があった。
殺伐な無秩序な、乱国の余風は決してまだ治まり切っているとはいえない。人は詭謀や反間の中に生きているので、要心すぎて疑いぶかく、妻にさえ油断せず、骨肉の間さえ破壊されかけた一頃の――社会悪はなお人間のなかに澱んでいた。
まして。
きょうまでにも、刃と刃のあいだに、武蔵の手にかかった者、或は、彼のために、社会からも敗北して去った者は、かなりな数にのぼっている。そうした敗者の係累一門、その家族らまでを合せればどれほどな数かわからない。
もとより、正当な試合、または非は彼にあって、武蔵にない場合の結果でも――およそ、討たれた者の側からいえば、あくまで、武蔵は敵と視よう。たとえば、又八の母などが、そのもっともよい例である。
だから、このような時勢に、斯道にこころざす者には、たえまなく、生命の危険が伴った。為に、一つの危険を斬り払うと、さらにそれが次の危険を生み、敵を作ったが――しかし、修行する身には、危険はまたとなき砥石であり、敵は不断の師であるともいえるのだ。