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みやもとむさし
宮本武蔵(七)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(七) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 350,912 characters · 702 screens
魚歌水心
一
風は追手。
赤間ヶ関の岸を離れた彼の小舟は、時折、真っ白なしぶきをかぶった。佐助は、きょうの櫓を、誉れと思っていた。漕ぐ櫓にも、そうした気ぐみが見えた。
「だいぶかかろうな」
行くてを眺めながら、武蔵がいう。
舟の中ほどに、彼は、膝広く坐っていた。
「なあに、この風と、この潮なら、そう手間はとりません」
「そうか」
「ですが――だいぶ時刻が遅れたようでございますが」
「うむ」
「辰の刻は、とうに過ぎました」
「左様――。すると船島へ着くのは」
「巳の刻になりましょう。いや巳の刻過ぎでございましょうよ」
「ちょうどよかろう」
その日――
巌流も仰ぎ、彼も仰いでいた空は、あくまで深い碧さだった。そして長門の山に白い雲が、旗のように流れているほか、雲の影もなかった。
門司ヶ関の町屋、風師山の山の皺も、明らかに望まれた。そこら辺りに群れ上って、見えぬものを見ようとしている群衆が、蟻のかたまりのように黒く見える。
「佐助」
「へい」
「これを貰ってよいか」
「何です」
「舟底にあった櫂の割れ」
「そんな物――要りはしませんが、どうなさいますんで」
「手頃なのだ」
武蔵は、櫂を手に取っていた。