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みやもとむさし
宮本武蔵(七)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(七) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 350,912 characters · 702 screens
十
「無一物」
と。――そこで語を切って、
「何かあらん。施与また、他に何をか加うあらん。――あるは、喝っ」
拳を振りあげた。
ほんとに撲りそうな顔をした。
「…………」
武蔵は、袂を離して何かいおうとしたが、愚堂の脚はすたすたと先へ急いで振向きもしない。
「…………」
茫然、武蔵が、その背を見送っていると、後に残った又八が、早口に彼をなぐさめていった。
「禅師は、うるさいことが嫌いらしい。寺に見えた時、おれがおぬしのことや、自分の気持を述べて、弟子入りを頼むと、よくも聞かないで、――そうか、では当分、わしの草鞋の紐でも結んでみろ、といった。……だからおぬしも、くどいことをいわずと、黙って後に尾いて来ることだ。そして機嫌のいいところを見てよ、何かと、何遍でも訊いてみたらいい」
――と、彼方で。
愚堂は足を止めて、又八を呼んでいた。又八は、はいっと大きく答えながら、
「いいか。そうしろよ」
いい残すと、あわてて愚堂の後を追いかけて行った。
愚堂は又八が気に入ったらしい。弟子として許されている彼が、武蔵には、羨ましかった。――そして又八のような単純さと、素直さのない自分が顧みられた。